教えて!「大学の現実」

 「日本再生」のための国家戦略として大学改革が浮上していることは、前回の本欄で紹介しました。中教審も、学生に勉強させる大学を目指すよう提言しています。しかし、改革が迫られている大学の現実はどうなっているのでしょうか。

 文部科学省は今年5~6月、全国の国公私立大学の学長や学部長にアンケート調査(学士課程教育の現状と課題に関するアンケート調査)を行いました。各項目について4段階で尋ね、その回答を点数化したところ(「十分」を4点、「ある程度十分」を3点、「やや不十分」を2点、「不十分」を1点に換算。以下同様)、「授業に出席し受講する時間」は平均で学長3.34点、学部長3.31点とまずまずの満足度でしたが、「事前の準備や事後の展開など授業外の学修時間」は各2.09点、2.07点と、不十分であることを認めています。

 大学での単位認定では、1時間の授業に対して予習1時間、復習1時間の授業外学修を行うことが原則です。1日にならせば、授業と授業外を合わせて計8時間は勉強に充てなければならない計算になります。しかし実際には授業・実験で2.9時間、授業以外で1.7時間の計4.6時間と、想定の半分程度しか勉強していないことが東京大学の大学生調査で分かっています。国立大学なども例外ではないといい、金子元久名誉教授(現・筑波大学教授)は「日本の大学生はフルタイム学生ではない」と批判しているほどです。

 そうした状況を受けて、中教審の大学教育部会は今年3月末に「審議まとめ」を公表しました(7月末までパブリックコメント=意見募集=を実施)。そこでは、今後の「予測困難な時代」に出ていく若者や学生に対して「生涯学び続け、どんな環境においても“答えのない問題”に最善解を導くことができる能力」を育成することを大学教育の大きな目標に据えた上で、十分な総学修時間を確保するよう促すべきだとしています。

 それだけではありません。「審議まとめ」は、カリキュラムを体系化したり、個々の授業で討論やフィールドワークを取り入れたりするなどの改善を通して、学士課程教育(学部教育)全体で社会から求められる能力を育成するように改革する方向性を打ち出しています。ただ授業を黙って聞いて試験やレポートをそつなくこなし、単位を積み上げれば卒業できる、という時代は過去のものになるかもしれないのです。

 もっとも、そうした改革の必要性は中教審の委員になるような意識の高い大学関係者の間では共有されているのですが、先の学長・学部長アンケートを見ると、そうとも限りません。全体としては「自ら学び考える習慣が不足」(2.98点)、「学修に対するモティベーションや積極性が不足」(2.64点)という課題意識はあり、「学生自ら課題を設定し、解決・探求していく授業」(3.44点)や「個々の学生と教員が緊密に意思疎通を図る双方向型の授業」(3.37点)といった授業改善の重要性も認識しているのですが、大人数講義が多いことが「課題」「大きな課題」と考える学長・学部長は31%、「カリキュラム編成が、学科など細分された組織を中心に行われている」との課題意識を持つ学長・学部長も28%にとどまっています。大学の規模や取り組み状況によっても温度差があるといいます。

 日本生産性本部の大学アンケート調査(第2回キャリア支援に関する大学アンケート調査)によると、大学では未就職者を出さないための個別相談に力を入れたり、保護者会で就職状況の説明や相談を行ったりすることは盛んです。しかし肝心なのは、大学教育の中でどれだけ社会に通用する力をつけることができるかです。今後は、そのためのカリキュラム改革や授業改善に努力する大学だけが生き残っていけるのかもしれません。

 高校も人ごとではありません。先の中教審のまとめでは、昔に比べて高校生の勉強時間や意欲が激減していることが、大学生活にも悪影響を及ぼしていると問題視されています。生徒を合格させればそれで済むわけではなくなっているのです。

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。


(初出日:2012.7.17) ※肩書等はすべて初出時のもの