教育ジャーナリストに聞く  教えて!「秋入学」

東京大学が秋入学を検討する(毎日新聞)――。こんなニュースが世間をにぎわしています。今なぜ、秋入学なのでしょう。そもそも一大学が単独でできる話なのでしょうか。東大は、いったい何を考えているのでしょう。いや、だいたい何で日本だけが春入学でしたっけ?!

 よく知られているように、欧米は9月入学が一般的です。実は日本の大学も、当初は9月入学でした。明治維新後、欧米にならって大学をつくり、先生としてお雇い外国人を多数招いたのですから、“国際標準”に倣うのが当然だと思われていたのですね。

 一方、小学校や師範学校などは、政府の会計年度などに合わせて、4月入学が一般的になっていました。それでも、大学進学率が今よりずっと低く、飛び級も普通に行われていましたから、問題にはなりませんでした。その後、1918(大正7)年の大学令制定とともに改正された高等学校令で旧制高校が小学校などと同じく4月入学になると、やっぱり高校の卒業時期と大学の入学時期がずれていては都合が悪い、というわけで、21(大正10)年から帝国大学も4月入学に合わせました。要するに“国内事情”です。

 戦後の新制大学も、学校教育法施行規則により4月入学と決められました。実は20年以上も前に臨時教育審議会が、小学校から大学まで全ての学校を「秋季入学制」にするよう提言したことがあったのですが、ほとんど見向きもされませんでした。
 それが2007年、教育再生会議が大学の「9月入学」促進を提言すると、あっさり同規則が改正されて、各大学の学長が入学時期を自由に決められるようになりました。同会議をつくった安倍晋三首相は、小泉純一郎前首相の後を受けて当時はまだ人気がありましたし、全大学が9月入学になるわけでもなかったので、特に異論は出ませんでした。

 といっても、秋入学が進んだわけではありません。文部科学省によると08年度、4月以外の時期に大学学部に入学したのは75大学の計1867人で、そこから留学生や帰国子女、社会人を除くと、443人に過ぎませんでした。その後のデータは集計されていないのですが、特に9月入学生が急増したとか、全学的に9月入学に改めたという話も聞きません。

 そんな中、敢然と立ち上がったのが、東大の浜田純一学長です。任期中の6年間(09~15年度)の東大改革の考えを示した「行動シナリオ」で、国際的にも通用する「タフな東大生」の育成を掲げていたのですが、そのためには入学時期も“国際標準”に合わせるべきだとして、今年度から学内にワーキンググループを設け、具体的な検討を始めたのです。東大などトップクラスの国立大学は、独立行政法人として、教育と研究の両面で、世界の大学と競争を行っています。国際的な生き残りのためには、日本の学生も、留学生とも対等に競争するタフさが必要だ――というわけです。

  浜田学長は、3月の高校卒業から入学までの半年間を「ギャップイヤー」と位置付けて、自主的に海外留学やボランティア活動などに取り組んでもらい、タフさに磨きをかけてもらいたい考えです。ギャップイヤーは英国で一般的ですが、日本では国際教養大学や名古屋商科大学など、ごく一部の大学が制度化しているだけです。

  入学定員のどのくらいを秋入学に回すのかなどは今後の検討次第ですが、仮に定員の相当数、ないしは全員が秋入学となれば、追従する大学も少なくないでしょうし、企業側も「秋採用」を導入せざるを得なくなるなど、大きな影響は避けられません。送り出す側の高校にとっても、大学入試が大幅に変わるとなると、大変です。

  中央教育審議会の会合に委員として出席した浜田学長に対して、他の委員である慶應義塾大学や東京工業大学の学長経験者はもとより、採用側でもある三村明夫会長(新日鉄会長)さえエールを送っていました。やはり国際競争の渦中にあるトップクラスの大学や企業は、必ずしも9月入学に反対ではないようです。これは本当に実現するかもしれません。高校も、うかうかしていられませんね。

【profile】
渡辺敦司(わたなべ・あつし)●1964年北海道生まれ。1990年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。同年日本教育新聞社入社、編集局記者として文部省、進路指導・高校教育改革など担当。98年よりフリーの教育ジャーナリスト。教育専門誌を中心に、教育行政から実践まで幅広く取材・執筆。


(初出日:2011.7.27) ※肩書等はすべて初出時のもの